Bayt/Kato Hideki's Green Zone

 スタジオ録音から時間をかけたポスト・プロダクトの編集作業まで,複雑な製作過程を積み重ねて完成されるロックのコンセプト・アルバムと同じように,Green Zoneの音楽も,その最終形態はテープ・コンポジションとして存在する。ギター・トリオの編成で演奏されるライヴでは,最もノイジーなサウンドを生みだすギターが,ただひとり独裁的に弾きまくっているように見えるため,観客はてっきり「大友良英Green Zone」の間違いだろうと思いこむのだが,リーダーである加藤英樹にとってライヴでの演奏と録音は,あくまでも音楽製作のための素材を準備する最初の段階に過ぎない。ライヴ・パフォーマンスの際に,椅子に腰かけて神妙にギターを弾く大友良英の姿は,礼儀正しく,几帳面に変態奏法をしているという感じで,ダークでアンビエントなGreen Zoneの音楽と,どこか不釣りあいだった。というのも,似あうか似あわないかはさておき,Green Zoneの音楽は,演奏者が身体をエビぞりにして下半身を突き出し,恍惚の表情でサウンドのなかに溺れていくような音楽だからである。つまり,ベトナム戦争時代のジミ・ヘンドリックスがそうであったように,そうした快楽する身体の暴発こそが,ハイテク戦争といわれたイラク戦争が生みだした兵士の身体に対する,政治的アンチテーゼそのものに他ならないと思われるのだ。そんなちぐはぐな印象が頭の隅にずっとひっかかっていたのだが,今にして思えばあれは,やりなおしのきかない一発録りに臨むミュージシャンの緊張する姿だったのである。
 本盤に収録されたライヴ演奏は,2006年春におこなわれた日本ツアーからのもので,新宿ピットイン(東京),得三(名古屋),磔磔(京都)などで収録された同曲の複数のテイクを再構成したものである。アラビックな単旋律のメロディを無限に反復していく45分のタイトル曲「Bayt」において,ポスト・プロダクトの重点が置かれるポイントは,個々のミュージシャンの演奏内容に対してではない。最初にメンバー各自のソロがあった後の部分で,その日の観客の反応や演奏者のノリによって変化する演奏の盛りあがりを,クライマックスへと登りつめる楽曲構造のなかに矛盾なく配置しながら,ひとつらなりの演奏へと連結していくところにある。音像をアウト・オブ・フォーカスしていくクライマックスの場面には,もしかすると複数のテイクが同時に重ねられているかもしれない。SE音を加え,さらにアンビエントな様相を増した10分間のカデンツ部では,次第に量を増しながら滴り落ちる大量の水音に,低速回転するヘリコプターのプロペラのような機械音がミックスされ,超低音のベース音が蒸気ハンマーのように打ちおろされるという,ライヴでは体験できなかった映画的なシークエンスを聴くことができる。このような複雑なポスト・プロダクトの作業を経て楽曲が完成され,Green Zoneは加藤英樹のオリジナル・プロジェクトになるのである。
 長時間の演奏を構造化した作品として,ラーガを使ったインド古典音楽や組曲形式になったサンタナの「キャラバンサライ」,さらにマイルスの「ビッチェズ・ブリュー」などが連想される。尻あがりにクライマックスへと登りつめる序破急の構成はインド古典音楽を,身体的な快楽を誘発するアンビエント度では「キャラバンサライ」を,そして反骨精神と背中あわせのダーク度ではブードゥー的なマイルスの「ビッチェズ・ブリュー」をというふうに,それぞれに共通する要素はあっても,Green Zoneの音楽はそのどれにも似ていない。おそらくはそれこそが,ポスト9.11のメディア環境のなかで産声をあげた,21世紀ロックの独自性なのだろう。

※Green Zone:イラク戦争終結宣言後,フセイン大統領時代の大統領宮殿だった建物を占拠し,バグダッド市内10km四方にわたって設けられたアメリカ国防総省の出先機関「連合国暫定当局(CPA)」があった区域の通称。「Green」は「安全地帯」の「安全」を意味する。イラク暫定政権下の正式名称は「International Zone」。(出典:ウィキペディア)

2008年12月17日~19日 北里義之(音場舎)<mixiの記事を転載>